寄宿舎

ねむれないのかい。彼の声は、たしかに僕の耳にとどいた。しかし、ホントウにそれは声だったのか、僕の幻聴なのかとかわからなくなって、息をできるだけしないようにして、目をあけてだまっていた。そうしていると、隣のベッドのシルエットがむくりとおきあがる。かちんとかわいたおとがして、ベッドスタンドにオレンヂのあかりがともる。あかりに目がいたんだので、シイツをめくり、顔を隠す。顔をかくしてねむるの エリィといっしょだ、と彼はつぶやいた。僕にきかせるようにではなく、ただそうおもって、そのままただこぼしたようだった。エリィって、ときくと、ちらりとも僕をみないでベッドスタンドのタンスのひきだしからグラスをとりだして、青いスカーフでふいた。アルコオルはのめるね、といってみがいたグラスにどうの太いちびたビンから、とうめいなえきたいがトト、とそそがれた。イエスともこたえていないのに、どうぞと僕にグラスをかたむけた。上半身だけおこしてそれをうけとった。オレンヂのベッドスタンドにてらされる無色透明なアルコオルは、みょうなとろみがあった。ほんとうはのんだことはないけれど、僕はひといきにのみほした。ぐらりとめまいがするようだった。そうしてすこしずつからだがあたたまる。なんだかあたまがボウっとするんだね、というと、じきにねむってしまえるよ、と彼はいった。僕のグラスを引き出しにしまわず、たなのうえにおいて、そのまま横にはならず、壁に身をもたれていた。きみ、ねむれないのかい、というと、僕の質問にはこたえなかった。僕は彼の、その、深緑の目をじっとみつづけた。彼も、瞳だけは答える。なにもことばを、つたえない瞳だったけれど。いや、ぼくには彼が伝えたい言葉を、その瞳からみつけられないだけなのかもしれないし、むしろ、彼の方が、僕に伝えたい言葉を瞳に宿していないだけのようにも思えた。たぶん後者だ。僕はぼうっとしながらそうおもった。猫だよ 彼がちいさくつぶやいた。なんのはなしをしているのかわからない、という顔をぼくがすると、なんでもないように、彼は、エリィが、さ といった。