彼女のだいじなふしあわせ

彼女は、ふしあわせさに縋るようにして毎日を過ごすように見えた。日常的に起こる些細なできごと、ごくありがちなふしあわせさをも、彼女は自身のふしあわせさの糧にした。事実、彼女はあまり運のいい人間でもなかった。ごくありがちなふしあわせな出来事であっても、様々な要素と要素が不都合に重なり合って、彼女の優しさや好意を不躾に殺してしまった。彼女はふしあわせさを大げさに嘆きがちなところがあったが、事実彼女ははたから見てもふしあわせだった。そうした態度が呼び寄せてしまっていたのか、彼女が望んでいたわけではないふしあわせさで、絶妙なタイミングで、ふしあわせな出来事はいつも彼女を傷つけた。
彼女の客観的にも不幸な生い立ちは、彼女のふしあわせの根幹をなしていた。小さなころの彼女は自身のふしあわせを嘆いた。それだけがひとつの真実であり、またそのふしあわせさだけが彼女の持ち物だった。ただ彼女は、生まれのふしあわせさが、彼女自身の人生のふしあわせさであると単純に結び付けられるのを嫌った。だから彼女は生い立ちを隠した。生い立ちを隠した彼女は、それでもふしあわせさからは逃げられなかった。そうして彼女はささいなできごとにさえ嘆く、不幸ぶった悲劇のヒロインになってしまった。彼女は自身のふしあわせな生い立ちを、だいじにだいじに隠した。大切な人にだけひっそりとうちあける、ちいさなふしあわせな秘密にした。
そうしてごくあたりまえに彼女はふしあわせさを大事にした。その、ふしあわせさは、彼女にしかわからない奇妙なタイミングで、的確にダメージをあたえた。そうして彼女の好奇心や愛情を殺した。
それでも彼女はためらう。そのふしあわせさを失うことを。いつか都合良くそのふしあわせさを使えるように、だいじにだいじにしてきたから。彼女を不幸にしたふしあわせさを、いつかうまく利用してやると、だいじにしてきたから。彼女のふしあわせさが、彼女の唯一の、真実で、持ち物だった。