バカップル

「すきだよ」というと彼女が泣いた ほんとうにぼくは彼女のことが好きなのに、好きだから、「すきだよ」というのに、泣くのはおかしい。それも、喜びの涙にはとうていみえそうもない涙なのだから、困ってしまう。ぼくはすぐに、すきだという、それは彼女がすきだからで、彼女以外なんてすきじゃないから、彼女以外にはすきだなんていわないのに、それって本当の事だから、言葉にしたほうがいいのだから、って、それでも、泣くんだ。そんなら、誰かほかに好きなやつでもできてしまって、こころぐるしくって泣いているの、なんて、無粋な質問をしてしまったけど、これは彼女をおこらせた。「ひとをばかにして」といって、「わたしだってあなたがすきなのに」そういったきりだ。「なのに」にはなにか、ことばがつづくものだとおもってだまっていると、彼女はなみだをうかべてにらんでいるから、ハンカチもなくて、しかたないからそでぐちで、彼女のマスカラをおとさないようにちょんちょんと吸いとった。すんとはなをすすって、「あなたは、ほんとうはわたしのことをだいじじゃないんだわ」という。おもいがけない、そんなこというから、おどろいて、どうして伝わらないんだろうと、はがゆいおもいになった。彼女はつづけて、「あなたは、わたしのことなんかどうでもいいんだわ。わたしをすきだといえば、それでいいとおもっている。わたしが、あなたをすきだということをちっともわからないで。そして、ほんとうに、わたしがあなたをどうおもっているかなんて、どうでもいいんだわ。」ぼくはわらってしまった。ぼくたちはなんて、わがままなんだろうか。「なにをわらうのよ」というから、ぼくは彼女の肩を正面からしっかりとつかんだ。キスをしようとしたら顔をそむけるので、みみのうらにそっとくちびるをつけた。そとは寒い。このへやはあたたかいねえ。寒いとぼくたちはなんだか、ろくなことを考えない。