彼について

※障害を持つ方などに、不快な思いをさせるような表現があります。ご気分を害される方がいらっしゃるかもしれません。時代考証などもされておらず中途半端な知識と設定で曖昧になんとなく書きたいようなものを書いています。事実ではありません。ただなんとなくで書いています。すぐに消すかもしれません。


彼について。
僕が小学生のとき。あの頃、障害を持つ子どもに対し今のような処置はほどこされていなかった。彼は多分、自閉症だった。それも軽いもので、完全な隔離などはされていなかった。(あの頃、重い症状を患うものは別の教室にうつされたり、学校自体に来ていなかった。来られなかった、というほうが正しいかもしれない。)僕のクラスに彼はいた。クラスの中で異質なものとしてとらえられた彼に、親切にするものはいなかった。教師でさえ彼を疎んだ。僕はクラス委員をつとめていた。教師は彼の世話をすべて僕に一任した。僕が彼とともに過ごしたのは3年生と4年生の夏休みまでだ。彼は1、2年生のころはあまり学校にきていなかったが、3年生から徐々に学校にくるようになった。自分の席に座ったままゆらゆら揺れる彼を僕は、「特別な生き物」として見た。彼は僕と違う「生き物」なのだ。彼を馬鹿にしたり、罵倒したりする生徒は多かった。彼はそのたびに歯ぎしりをよくしていた。その、ぎぎ、という響き。また、彼はよく女の子の後をつけていた。そのたびに女の子たちに気味悪がられ、男の子には暴力をふるわれることもあった。ぎぎ、という音を耳にして、僕はため息をついて、彼をつかまえにいった。彼の汚れたてのひらに触れないように、服のうえから腕をつかんで引きずった。彼を学校のすぐそばの、彼の古びた家まで連れ帰るのも僕がしていた。僕は律儀にも、1年間、毎日それを繰り返した。僕には友達がいなかった。彼を嫌う人たちは、彼の世話をする僕を、彼と同様に疎んだ。けれど彼の扱いに慣れた僕は、攻撃をうけることはあまりなかった。ただ彼を僕に押し付けていれば、面倒なことは何もおきないということを知っていた。僕は毎日、ぎぎ、という音が僕の後ろから聞こえてくることを確認しながら歩いた。僕はもちろん彼を疎んだ。けれど僕に彼をおしつけた教師を責めることも、手を差しのべてくれない周囲の子供たちを憎むことも、あの頃の僕にはできなかった。ただ疑問と不満ばかりが僕の胸を満たすばかりで、どうしたらいいのかもわからなかった。けれど僕は暴力をふるわなかった。彼に何もされていないクラスの男子が、彼を叩いたりつねったりするのを見ていたし、それを彼が歯ぎしりしながら耐えて、不安げな表情をするのを見ていた。僕は、それをみて満足するような趣味はもっていなかったのでもちろん不愉快だったのだが、特に助けることもしなかった。ひととおりのことが終わったあと、保健室に連れていくのが僕の仕事だった。彼は、僕のことをどう思っていたのだろう。ただ、学校に行き来するときについてきたり、学校にいるときに腕を引っ張って行ったりする人だと、思われていたのだろうか。今でもそれはわからない。そうした日常が1年経ち、4年生に進級した。もちろん僕は彼と同じクラスにされた。また同じ1年が繰り返されるのかと、疑問と不満が蓄積されていくのを感じていた。彼は、ゆらゆら揺れながら教室を出た。教師の目がちらりと揺れて、僕はため息をついて彼をおった。彼の腕をつかんで教室に連れて行った。
季節が夏になるころ、席替えが行われた。僕はいつも彼のそばの席にさせられていたが、その時はすべてくじびきで席決めが行われた。席を移動させると、隣の席の女の子が僕の机と自分の机に隙間をあけた。その女の子のことを僕は少しだけ好きだった。その女の子は彼にも、僕にも、罵声や暴力をふるうことはなかったのに。(クラスのだいたいが彼や僕に一度は罵声や暴力をふるっていたから。)不満も、疑問も、傷つくことも、僕は何度も何度も何度も感じたけれど、それが麻痺することはなかった。僕は気分が悪くなって保健室にいった。脈拍がはやくなった。イライラして、ひどく暴力的な気分になった。自分の腕にギュっと爪をたてた。涙がひとつぶわいて落ちた。ふと窓の外を見ると、彼がゆらゆらと歩いているのが見えた。僕はじっと彼を見ていた。すると3人の上級生が、彼に近づいた。彼が花壇の縁石の上をまっすぐに歩くのを笑った。面白がって彼を突き飛ばした。彼は、歯をくいしばった。僕の耳にとどくはずのない、ぎぎ、という音がきこえた。僕はいつも、彼が暴力にさらされるのを見ていた。それが終わってから、保健室に連れていくのが、僕の仕事だった。胸がむかついた。上級生の、彼を馬鹿にした、蔑んだ、目が、僕を見ていた。僕は両手でシャベルをもっていた。蔑んだ目が、恐怖の色にかわるのを見た。僕はがむしゃらに1人の上級生をシャベルで殴りつけた。周りの音がきこえなくなった。殴りつけた上級生が動かなくなるまで、殴りつけた。その時、僕の後ろで、ぎぎ、という音がきこえた気がした。殴る手をとめて、振り返ると、彼は僕を見ていた。1年と数カ月、毎日彼の世話をしたけれど、彼が僕をきちんと見たのは、これが初めてだった。そして、僕の服のすそを、掴んでいた。僕はシャベルを落とすと、全身の力が抜けて座り込んだ。僕はずっと泣きながら殴りつけていたようで、頬がびしょびしょだった。かえり血と涙と泥で服が汚れていた。「ううううううう」僕は初めてはっとなって、何かのうなり声をきいた。それが自分の口からもれている音だと気づくのに少しの時間を要した。食いしばる歯が開かないまま、嗚咽がもれた。彼はじっと僕の服のすそを、掴んでいた。どんな表情だったのかは、見ることができなかった。
僕が殴りつけた上級生は命に別状はなかった。大人たちが初めて僕のためにいろいろな処理をした。僕は学校をかえた。その後、彼がどうなったか僕はしらない。