夏子

年老いた両親が笑顔でむかえるこの町に帰るのを、なぜ拒もうとするのか。年老いた両親という現実をうけとめられないだけなのかもしれない。古びた扇風機がたてる首振りのカタカタとした雑音が煩わしいのかもしれない。

肩甲骨までのびた黒い髪と、白いワンピースを着る夏子という記号化された僕の思い出。2年ぶりに帰ってきた僕を、むかえてくれたこの町の夏を象徴した僕の3つ下の幼馴染。


夏子は僕の肩に頭をのせた。ほんの少しだけ体がこわばるのを感じる。触れ合う肩と二の腕に汗がにじむ。この肩を、僕は抱きしめてやれるのか。熱と重みをもったたったひとりを、僕は抱きしめてやれるのか。受け止めていいのか。夏子はじっと、一定のリズムで呼吸をした。

触れ合っていた部分の熱が冷めて、夏子の白いワンピースが暗闇に浮かびあがるのを見つめた。
「夏子は高校卒業したらどうするの」
夏子は僕を見ないで答えた。
「この町の短大に行くの」
背後からの薄暗い蛍光灯に照らされて、ゲタをはいた白い足に濃く自分の影が落ちる。
この町は永遠に幸福なのだ。