冬の感傷

冬は感傷に浸るに適した季節だ。涙から湯気が立ちのぼるのを見るだけでなんだかドラマのワンシーンのようだ。マフラーに鼻までうずめてぼろぼろ泣いている自分にすこし笑いがこみあげる。湯気が立ちのぼる熱い涙が頬の上で外気に触れて急激に冷たくなった。その冷たさで熱っぽい頭のしんが冷めはじめる。熱い涙のようなひとつの悲しみに、ただ酔いしれることのできない自分の集中力のなさと自信の無さを呪う。悲しみを悲しみきるためには、その悲しみに全身を投じなければならない。ひたむきでなければならない。悲しみに浸りきることができない悲しみを誰が理解できる?ばかばかしい。ちっぽけな、つまらない恋が終わっただけだ。それも、涙を流す姿がドラマのワンシーンになって、同世代の女の子の涙を誘うような、大それたものなんかでは全然なくて、本当につまらない、よくある、考えれば最初からこうなることのわかる、本当につまらない恋愛だったので、浸りきることもできない。傷つかないように気をつけて、それでもきちんと傷ついたはずなのだけど、どこが傷ついたのかも、よくわからないまま、恋を失ったからではなく、みじめな自分がばかばかしい、そんな涙だった。それでも、可哀そうな自分に酔いしれる強さや、それだけの思いがあれば、いくらかましだった。ばからしい。ばからしい、みじめで、なんにも絵にならない、なんにもドラマにならない、なんにも文学にならない、なんにも詞にならない、なんにもならない、いちいち意味を見出すのもばからしい、みじめなはなしが、ただなんとなく、あんまりばからしい恋愛に、泣いている。恋愛を失ったことに泣いているわけではない。恋に傷ついて、泣いているわけではなくなった。どんどん、どんどん、冷めきった心は、熱い、熱いはずの瞳から、もう、目をぎゅっととじて、しぼりださなければ涙を流させてもくれなくなった。ハンカチでほおをぬぐって、ファンデーションの汚れがつくのにため息がでた。ティッシュで鼻をかんだ。息を吐くとまっしろだった。くろい背景に、自分の吐く息だけが、まっしろだった。自分からたちのぼる湯気だけがまっしろだった。空を見上げるとオリオン座がきれいだった。星がいくつか、ゆらゆらとひかった。涙でぼやぼやとした視界に、夜空はあんまりきれいだった。冷たい空気をすうと鼻の奥がつんとした。血の匂いがした。冬は感傷に浸るに適した季節だ。なんにもならない、なんにもならない。息を吐くとしろいのも、星がきれいなのも、私がどうかしたわけではないし、それがどうしたということもないのだ。鼻をかんだ。冷えた頬をぬぐい、目がしらに溜まった涙をぬぐう。ばかでみじめで、どうにもならないことが、こんなことでどうにかなることでもないのに。オリオン座をみあげるとめじりからひとすじだけ涙が、冷たく、耳の中へ落ちた。