友人Aのケース

Aは18歳で妊娠して結婚して子どもを産んだ。相手は2つ上の先輩で、高校を中退して塗装業についていた。絵にかいたような夫婦だった。Aは21歳で離婚した。そうしてすぐに年下の彼氏をつくった。HPをつくって子供とのプリクラをあげた。ご飯を作った写真をあげた。カラコンをつけておっぱいを出した自分をとった写真をあげた。それが彼女の人生なのだと思った。型にはめて馬鹿にしたもの言いは改めようと紙子はおもった。
大学生だった紙子は、お気に入りの少し高いブランドの靴を履いて、最近荒れ気味の肌のためにマスクをして皮膚科にいった。Aはひょうがらの黒い服をきて、ベビーカーをひいて子どもの検診にきてきた。ずいぶんはでなネイルをしてコツコツとスマートフォンをいじっていた。Aのこどもはひときわ大きい声で叫んだりかけまわったりしていた。紙子はAに気付いていたが声はかけなかった。Aがすっと目をあげて、紙子をみとめた。
「あれ、紙子?ひさしぶり!」
「Aも!元気だった?」
Aはベビーカーをゆらして紙子の隣に座った。「○○!走らない!」と子供に声をかけた。
「もうおっきいね、いくつくらい?」
「2歳半だね」
「子育て大変だね〜」
「まあね〜」
Aは誇らしげに子どもを見つめた。紙子は、ああ、そういう人生なんだなと思う。Aの子どもはAの隣に座った。
「子どもかわいい?」
「たまにすっごいつらいけど、やっぱりかわいいよ」
「そうだよね」
Aのカラコンとつけまでふたまわり大きくなった目と、はでなネイルをみて、声の大きな子どもをみて、それからAの安そうな靴をみて、紙子はうらやんだ。そういう人生もあるのだ。