私が中学生の時に好きだったいづみくんには彼女がいたけれど、いづみくんの彼女はかわいくて重たくってあたまのゆるい字の下手なぽっちゃりしたテニス部の女の子だった。いづみくんは無自覚なダサイ顔のいい男で、2年生の夏の頃に彼女と別れて私の隣の席になった。


私はいづみくんの顔が好きだったけれど、席が隣になってからは彼の内面の面白さや暗さやセンスに惹かれていった。バスケットをしていたいづみくんと、バレーボールをしていた私は夏休みによく顔をあわせたし、よく話をするようになった。

8月の半ばに祭があって、もちろん部活の女子だけでまわったのだけど、祭で出会ったクラスの男の子たちと、合流して駐車場に集まった。何人かでかたまってしゃべりはじめる。私はいづみくんとひとつの縁石に座って5人くらいで話をした。

夜は暗くて互いに顔は見えなくて、空気はざわついてみんなうかれていて、ちょっと気を使った私服で、女の子は浴衣の子もいて、そして私はいづみくんと腕がくっついて、わーラッキーと思いながら気付かないフリでくっつけたままで、そしたらいづみくんも離れないでいて、ドキドキしながら楽しんだ。

そこにいた今まであまり話さなかった男の子たちとも、もちろんいづみくんともメアドを交換して、帰りたくないなーっていいながら家に帰った。名残惜しかったけれど迎えに来てくれた友人の親の車に乗って帰った。

男の子たちはまだ残っていて、テンションの高いメールとふざけた写メが送られてきて、お祭りの熱がまだ冷めなくて、くっついていた腕も熱くて、いい思い出ができたなと思いながら夏を終える。9月になると、体育祭の準備が始まる。私は体育委員だったので、休み前からたくさん準備をしていた。

準備に疲れた放課後、少しさぼろうと冷房もきいて人のいない薄暗い家庭科室にいった。椅子にこしかけて本を読んでいると家庭科室の奥から「オイ」と声をかけられる。びくっとはねてふりかえるとはかったようにいづみくんが机の上に横になっていた。

「びくった!机の上で寝とったん?」
「きたときからここにいたけどなんで気付かん?」
「黒いから暗幕とかかと思った!なんで学ランの上着きとん!」
「これ応援団の長ランだよ。ふとんにしてた」
「伝統的なやつふとんにしないで!」
「何読んでんの?」
空想科学読本
「何それ」
など


空想科学読本をいづみくんにかして準備に戻った。当日はとても盛り上がったし、体育委員は全員花形種目男女混合リレーの選手で、ずっと共に準備してきた友人と競い合う展開にもテンションはあがった。体育祭は、中3の先輩たちのフォークダンスでしめくくられた。先輩たちはきれいでかっこよかった。

冬服に制服がかわったころ、いづみくんの元彼女であるリサちゃんの私への態度が悪くなった。リサちゃんは小学校から同じでそんなに仲良くはないけれど話せばそこそこ盛り上がるくらいだったけれど、話しかけても視線をそらして曖昧ににごされるようになった。リサちゃんは、やせてキレイになっていた。

リサちゃんはお祭りでナンパされた高校生の彼氏がいて、大人な付き合いをしていたけれど相変わらず字はへたで、テニス部で、いけてる女の子のグループで、いづみくんをまだ好きだった。

席替えがあったけれど連続していづみくんと隣の席になって、順調になかよしになっていた。ある日の放課後部活に行く途中、リサちゃんと、いけてるグループのバスケ部の女の子が2人、私の前にやってきた。3人は手をつないでいた。「ちょっときて…」とリサちゃんはいった。

リサちゃんたち3人とむかいあって教室にすわった。「最近、まいの態度よくないよ。ハタくんとかとしゃべりすぎだよ。あみ(ハタくんの彼女)が見てたらぜったいきれるよ。いづみとも、なかよくしすぎだよ。」

いろんな男の子とたのしくおしゃべりするのは許されないことらしかった。そして話を聞くところによると、どうやらリサちゃんといづみくんが別れたのは、いづみくんが部活に専念したかったからというだけで、引退したらまた付き合うとか、ということらしかった。

いけてる女子にかこまれて怒られている事実に怖くなったけれど、その状況少しウケル、なんでこのこたちはこんなに一生懸命なんだろな、付き合う約束してる選ばれたひとなんだからいいじゃん、好かれてるのはリサちゃんなんだから、しゃべるくらいいいじゃん、私だっていづみくん、好きなのにな、と

「ごめんね、これからあんまりしゃべらないように気を付けるね」といって、私は部活に行った。体育館でいづみくんは練習をしていた。しゃべらないなんて無理だな、と思いながら、なんでも思い通りになる気の強い可愛いいけてる女子っていうのは、無敵でつえーしかなわねえな、と思った。

リサちゃんに呼び出されるずいぶん前に、リサちゃんに高校生の彼氏ののろけを聞かされた日があった。そのときリサちゃんに「まいは好きな人がいるの?」と聞かれたことがあって、何を考えていたのかその時私は、いづみくんが好きだと打ち明けた。だから呼び出されたのだと思う。

私がリサちゃんたちに呼び出されたことと、私がいづみくんを好きな事と、もうしゃべらないように釘を刺されたことは、一部に少しだけひろまった。私はさえないタイプなのでたいして盛り上がらない噂だったけれど。

いづみくんとしゃべらないように気を付けてしばらくして、いけてる女子たちが教室にいないときに、ハタくんが私の隣の席に来た。「○○(私の名字)も大変だな」苦笑いしながらハタくんがいった。「あみちゃんとか大丈夫だった?」ときくと「まあ」と笑った。

ハタくんとはなしているといづみくんがやってきた。3人で少し話してから、私は席をはなれた。なんだか面倒くさくなったし、虚しくなってきたから。結局いづみくんはリサちゃんと付き合う約束をしているんだ。何かを期待していた。それからいづみくんとあまり話さなくなった

夕方がもう真っ暗になったころ、合唱祭の練習がはじまった。いづみくんはよくさぼるようになった。リサちゃんは指揮者だったから、さぼるいづみくんに怒ったり泣いたりしていた。少女マンガみたいだなあとぼうんやりしながら私は完全に傍観者だった

2学期の終業式の日、机に入れっぱなしだった荷物を移動するためにひとりで部室棟にいくと男子バスケ部がたまっていた。もちろんいづみくんもそこにいる。男子の集団の横を通るのは嫌な感じだな、と視線をはずしながら部室に入る。部室の独特のにおいがした。つまらないなあと部室に荷物をしまう。
部室のドアがノックされた。ピンポンダッシュならぬ、コンコンダッシュは部室でよくあることで、嫌な感じがしたので無視するとまたノックされた。少しの期待でドアをあけるとバスケ部の男子が2人いた。
「なに?」
「ねえねえ外で使う用のバレーボール貸して!」
そんなことか、とボールを渡した。

「ありがとー」
「ちゃんと返してね」
「いづみにもってこさせるよ」
「え」
笑いながら2人は集団へ戻って行った。貸してやったのにとても不快になった。虚しくなって部室にいると、仲の良い友人の唯が部室に荷物をもってはいってきた。唯には私の少女らしい恋の悩みを打ち明けていた。


唯と盛り上がり、部室で随分長く話していると完全下校をうながすチャイムが鳴った。唯とふたりで部室を出ようとドアをあけると、ちょうどいづみくんがボールを持って出入り口からこちらにむかってきた。(ああ、本当にいづみくんが返しにこさせたんだ、面白がられてるんだろうけど正直うれしいな…)

そんなことを思っていると唯が「あーりょうこからメールきてるからさきチャリ置き場いってるねー」といいながら走って行った。マンガか、と思いながらいづみくんを見た。うすぐらい部室棟のなかで背の高い影が近づいて、ああ、久しぶりに少しでもはなせたらいいな、と思った。
「ボールありがとな」

「いいよ、コンクリのとこでやったの?」
「うん。てかそれ空気はいってない」
「かしてあげたのに文句いわないで」
「なんかちょうひさしぶりじゃね」
「え」
「はなすの」
「うん」
「あー」
「うん」
「バレー部冬休み練習どんくらい」
「毎日だよ」
「俺も」
「あ、先生きたよ」

「おい完下だぞはやくかえれ」
先生がそういうので部室の鍵をかけた。バスケ部の集団が出入り口で笑ってるんだろうなと思ったらそこには誰もいなかった。いづみくんが出ようとするので「職員室に鍵戻さなきゃだから」というと、「先生に渡せば?」といって鍵を私の手からとって先生に話に行った。


先生に鍵を渡しているいづみくんをみながら、なんだかぼうっと入口に立っているといづみくんがふりかえって私を見た。あっ、いまいづみくん私を待っているんだ、と、思うと涙が出そうになった。いづみくんのところにいくとそのまま一緒にあるいた。「ありがとう」というと「あー」と言った

前みたいになんだかどうでもいい話をして駐輪場までいくと「じゃあな」と言っていづみくんは男子の集団に入って行った。自分の自転車のところにいくと唯と他のバレー部の友人が集まっていた。唯はにやにやしていた。みんなで一緒に帰りながら唯と話していると唯が「今日泊りいっていいー?」と言った。

家に帰ってお風呂に入ってご飯をたべた唯がお菓子をもって家にきた。好きなCDをかけながら部室でのはなしの続きをすると唯は「メールしなよ」と言った。「メールならリサちゃんにばれない」と笑った。『久しぶりに話せたの楽しかったから前みたいに話したい』と送った。

私が好きなのはばれてるし、リサちゃんに牽制されていることもバレてるし、それでもきょうボールを返しに来てくれたし、少しの期待でメールをしたけれどなかなか返信はこなかった。死にそうになった。唯も唯の好きな野球部のタイキくんにメールをしていた。タイキくんから返信がきた。死にそうだった。

1時を過ぎてから携帯がぴかぴか光った。いづみくんからだった。『俺も』と書いてあった。唯が「なんだこれ」と言って笑った。返信をあれこれ考えていると連続してメールがきた『明日部活何時?』「は!?全部漢字!?」と唯が笑った。『9時から12時までだよ〜いづみくんは?』返信なし。

次の日部活に行くとハーフコートはバド部だった。残念に思ったけれど部活に集中した。練習を終えて部室棟にいくとバスケ部の集団がいた。バレー部の誰かが「バスケあったの?」と声をかけた。「外練だよー」と誰かが答えた。いづみくんはそこにはいなかった。

バレー部は何人か帰り、何人かコンビニに行き、コンビニですでに買ってきた組の唯とりょうこと私は部室棟の外の中庭で食べた。野球部はまだグラウンドで練習していた。唯がタイキくんをみつけてにこににしていた。コンビニ袋をぶらさげたバスケ部の健人くんといづみくんが中庭に来た。

健人くんとりょうこは付き合っていて、健人くんがさっとりょうこの隣に座ったときなんだか少しどきりとした。いづみくんと目が合うと口の端だけで笑った。5人でお昼を食べた。すごい楽しかった。それからいづみくんとまた体育館などですれ違うたび話すようになった。テニスコートは体育館と遠かった。

1月1日の夜明け前にバレー部の何人かで集まって自転車で近所の高台の公園まで走った。道路が凍結している中寒すぎて騒ぎながらつくと初日の出を見ようと人がたくさんいた。同級生たちもたくさんいた。メールがたくさんきていて全部あけおめメールだろうなとおもうといづみくんからもきていた。開く。

『おめでとう。いま公園きてる?』
『バレー部できてるよ!』
『ちょっと話あるんだけど時間ある?』
これは、と思って隣にいる唯に「唯唯やばい私告白される」と耳打ちした。半分多分そうだろうと思いながら半分疑っていたので冗談を言った。「は?やば(笑)」と唯が笑った。

まだ日の出前の薄い紺色の中で、ドキドキしながら公園の広場の横に大きなステージの横に行くといづみくんがいた。にやにや笑っていたらなんやかんやで付き合う事になった。ちょう笑っていたらいづみくんが右手を差し出した。握手をした。いづみくんが笑って「違うけどまあいいや、よろしく」と言った。

焦燥のようなドキドキがおさまらなくてどうしたらいいかわからない気持ちで信じられないような泣きそうなきもちになった。だけど怖かったのはリサちゃんのことだった。それでも手をつないで、初日の出を見た。