やさしいおり

あまおとが彼女の耳をふさいだ
彼女はいつもほほえんでいる そばでちいさなお婆さんがむすっとした顔をしてすわっている 彼女はどこにも焦点のあわないひとみで窓枠をみる お婆さんが林檎をむいた 彼女は林檎のにおいをかいだ
そとにでかけないか、と声をかけると、そうね、と考えるようなそぶりをみせて、彼女は焦点のあわないひとみで窓枠をみる
「そとはあめでしょう、だからでられないの」
彼女はほほえむ そばのちいさなおばあさんは、彼女が一切手をつけていない皿に、もうひとつの林檎をきりそろえた
彼女に窓のそとの、青い空はみえない

彼女は快活な少女だった いまのほほえみは、そのときのほほえみととてもにている けれど生気が感じられない それでもほほえみはおなじだった 僕にみせる彼女のほほえみは、当時からいまとそんなにかわらなかったのかもしれない かのじょの焦点はあっていたけれど、僕をみていなかった 焦点のあわないいまはなおさら、僕のことなんかみないんだろう

彼女はいえのなかから、雨がやむのをまっている
僕は傘をもって彼女にあいにいく なにももっていないと、濡れているよと笑うからだ

ちいさなお婆さんが、林檎を僕にくれた すこししなびたあじがしたけれど、甘いにおいがした