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きみはやさしい ねえもっと 媚びためをして ぼくをちっとも すきじゃなくっても いいの、こころを いためなくっても ○傘を電車の中に忘れたのだと気づいた。駅の出口で雨がやむのをまっていた。あまり強くないけれど、家に帰るまでに全身がびっしょりになる…

すいか

湿度の高い夕方に空の向こうの雲の色が緑になるのを見た。何かを燃やした匂いが辺りを取り巻く。近所の墓場の前を通った時に線香の匂いだと気づいた。「すいかが死んだ」という電話で目を覚ましたのは、朝4時をまわったころだった。電話口で鼻をすする母が…

海の見える町

海沿いの町を選んだことに特に理由はなかった。強い潮風に吹き荒らされた無人の家の廃れた様に同調した訳ではないが、その風に促されるような漣は心地好いものである事に間違いはないらしかった。堤防から少し歩いて小路をのぼったところに小さな白い2階建…

都合のいい夢

君が立っていて、そこまでいこうとしたら、からだはうごくのに、きみとの距離はいっこうにちぢまらなかった 君はほほえんでいた 君に向かって叫んだけれど、自分の声は喉もとで消えていくみたいで、音は耳に入らなかった 君にも聞こえていないかもしれない、…

僕を許したりなんかしないでほしい そうやって僕は君を傷つける それなのに君は僕を許してくれる! 僕を許さないで 僕を受け入れたりしないで 僕は君がすきなんだ すきなんだ にくらしくて めちゃめちゃに傷つけたいから 君は僕を許さないで 泣きながらすが…

すべてが馬鹿馬鹿しかった。傷つくことも悔しくって、むしゃくしゃして、どうしてって、腹立たしさが取れなくて、食器を洗うのも面倒で、シャワーをあびるのも面倒で、洗濯機をまわすのも面倒で、花に水を与えるのも面倒で、携帯電話をひらくことなんか絶対…

そう、むねがうっ、てなったら。そうだよ、うんとふかくいきをすいこむんだ。わかるかい。ここはうみのそこよりも、ふかあくて、きれいだ。みえるかい。ゆらゆら、しんからつめたいゆびさきにふれる、かすかなあたたかいひかり。しんとした、よるのびろうど…

教室に向かう廊下をあるくと、水気が頬にあたった。しろくくもった窓のそとがぼんやりうすぐらかった。「雨かな」と、呟く。「昨晩ふっていたじゃないか」と前をいく後ろ姿が答えた。「そうだったかな」「ずいぶん深く眠っていたみたいだったから、きこえな…

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「せかいをじぶんひとりでかんけつさせているみたいだ」スーパーで閉店間際にやすくなったもやしを9円でかっていただけなのに。ばからしい、やすく野菜を買って、自分のためにていねいにごはんをつくって、健康的な生活をいとなんで、それが「むなしくなら…

あおひげ

あせたクリイム色のハンカチを、かあさまがなげいていらしたことわたし、しっていたので、裏の倉庫にいらしたじいさまにいって、そめこをいただいてきた。じいさまはちいさなおなべを用意してくれて、さらにはちいさなかまどのようなものをかまえてくだすっ…

問答

でも先生、ぼくはもっと彼のことをしりたいんだ これは愛なんて、そんな高潔なものじゃない 誰をおもうでもない利己的で傲慢な僕自身。ねえ先生、いままで僕にとっての愛は母からもらうやさしいキスでした でも違う 愛はもっと広大なのでしょう。 雨上がりの…

寄宿舎

ねむれないのかい。彼の声は、たしかに僕の耳にとどいた。しかし、ホントウにそれは声だったのか、僕の幻聴なのかとかわからなくなって、息をできるだけしないようにして、目をあけてだまっていた。そうしていると、隣のベッドのシルエットがむくりとおきあ…

prologue

どうして

そのひとじしんはなんだかうすっぺらい、イマドキの、軽蔑してしまうようなひとだったりする、そんなひとが、なみだのでるような絵をかく。あした提出の、その前の夜に、カレシとケンカをして、泣きながら描いた、あざやかな、絵を、前にしたわたしのむねの…

バカップル

「すきだよ」というと彼女が泣いた ほんとうにぼくは彼女のことが好きなのに、好きだから、「すきだよ」というのに、泣くのはおかしい。それも、喜びの涙にはとうていみえそうもない涙なのだから、困ってしまう。ぼくはすぐに、すきだという、それは彼女がす…

月と負け犬

ふれるとそれは ぼろぼろとくずれて にぎるとそれは こなごなになってきえていく もろいそれがないた つよくだきしめてほしいと それにほえる ぼくはまけいぬ

花屋は寒い

はなやではたらくゆめをみた

メイテルのなみだ

わくせいのひみつ こいのかけひき ひきあうのはどうして? りんごはぜんぶしっている ぼくたちはであうべくしてであった ほうせきみたいなひかりが散った まんまるな目がかわいくて おもわずキス! あまりに甘くて おどろいたろう? せかいがはじめていろづ…

やさしいおり

あまおとが彼女の耳をふさいだ 彼女はいつもほほえんでいる そばでちいさなお婆さんがむすっとした顔をしてすわっている 彼女はどこにも焦点のあわないひとみで窓枠をみる お婆さんが林檎をむいた 彼女は林檎のにおいをかいだ そとにでかけないか、と声をか…

怪獣

朝、目が覚めると、怪獣になっていた だけど怪獣になっていることに違和感を感じているのは僕だけで、お母さんは僕に朝ご飯をよういしてくれた 僕は怪獣なので、お母さんの作ってくれたご飯はたりなかった 街を歩くと、ずしんずしんといった 電柱がゆれた サ…

ぼくをゆるして

どうしてもいくの、ときくと、どうしてもいくの、と君は答えた。 だから、どうしたらいいのかわからなくて、そう、といって君から目をはなすと、おもいがけず涙がこぼれた。 四角い白い部屋には、君の気配がはしばしにのこっている。ふんわりとするはなのか…

おとなとこども

ねえわたし、はやくおとなになりたいのよ って、つまさきをきらきらさせてしょうじょがつぶやく つめをかむくせのあるおんなは、うすちゃいろの瞳をぎらぎらさせて しょうじょのゆめみがちをわらう